(2018.11.21号)

『薬のチェック』速報No179 PDF版はこちら

ディオバン事件:高裁判決も無罪
      現実と解離した判断は不正を助長する

NPO法人医薬ビジランスセンター(薬のチェック) 浜 六郎

ディオバン事件の東京高裁判決(2018年11月19日)で、データ捏造・改ざんに重大な関与のあった被告白橋伸雄と被告ノバルティスファーマ社(以下ノバルティス社)を無罪とした。

被告にはならなかった京都府立医大医師らとともに行ったデータの捏造・改ざんの数々の事実を認定はしたが、地裁判決を変更するものではなかった。

(高裁判決の骨子と要旨の抜粋を文末に引用)

無罪判決の理由は、地裁判決と基本的に同じである。撤回されたKyoto Heart Study(京都スタディー)は虚偽の内容をふくものの、学術論文であり、薬事法にいう「広告」にあたらない、というものだ。

事実に基づく学術論文なら、撤回されることはない。捏造・改ざんによる虚偽に基づく論文であったから、撤回されたのである。査読され、一旦掲載されたものの、虚偽との判断で撤回となった。この事実が、「京都スタディーは学術論文ではなかった」ということを如実に示している。

なお、ディオバンの医師主導研究は京都府立医大のほか、慈恵医大、千葉大、滋賀医大、名古屋大学の5大学が行った。「学術論文」として一旦掲載されながら、虚偽を含むことが明らかとなり、後に撤回された文書の数は、12件にのぼる(速報No178 PubMed要旨参照)。

裁判では、もっぱら京都府立医大の京都スタディーについて検討され、数々の不正が指摘されたが、他でも不正は同様であったと考えられる。

ディオバン捏造文書は虚偽広告―「学術論文」ではない
-これが無罪なら、今後も科学不正は絶えない-

東京高裁の判決を受けての私の結論を、以下にまとめる。

高裁判決では、バルサルタンの効能又は効果に関して、英文雑誌に虚偽の記事を記述したことは、一審同様に認めた。しかし、地裁判決と同様、撤回された論文であることを考慮せず、査読を受けた学術論文は、虚偽の記載がされていても、顧客誘引手段性を備えていないから「広告」ではない、という、根本的に間違った判断をした。

学術論文でなく、虚偽の広告であったことは、その後、虚偽の記載により撤回されたことが何よりも証明している。有効・安全と結論され、査読を受けた論文の宣伝効果は大きく、顧客誘引手段性がある。だからこそ、被告らは、捏造・改ざんしてまで「学術」論文として作成したのである。実際、被告らは大量に印刷して医師に配った。高裁判決は、実情を理解せず、机上の空論で犯罪者を無罪にした。これでは今後、メーカーによる科学不正はますます多くなる。きわめて憂慮すべき事態だ。

この事件をきっかけに立法化された臨床研究法は、罰則規定は極めて貧弱であり企業の科学不正・科学犯罪の防止は到底できない。

医薬品法(旧薬事法)の広告の規制に関する規定

速報No178を参照

広告の対象は医療関係者を含むが・・・

高裁判決は、医師ら医薬関係者に対する広告を含むとしており、①不特定又は多数を対象に(認知性)、②医薬品等が特定され(特定性)、③顧客誘引の手段となっている(誘引手段性)ものを「広告」と定義した。

そして、高裁判決では、被告らの作成した「論文」について、①「特定性」と②「認知性」は認められるとしたうえで、顧客誘引手段性(需用者の購入意欲ないし処方意欲を喚起・昂進させる手段としての性質)を有するかどうかについて、「本件各論文の内容や体裁,同雑誌の性格等からして上記客観的誘引手段性を備えていない。」と判断をした。

学術論文と広告

学術論文とは、速報No178にも記載したように、科学的に「真実」もしくは、少なくとも「事実」に基づいた新たな知見を記載した記事・文書でなければならない。「査読」という手続きは、それを一応保証するものと理解されており、査読された学術論文によって安全・有効が主張されている場合、医師はより信用して、自らの処方判断の材料にする。すなわち、査読された学術論文は、まさしく、「顧客誘引手段性(需用者の購入意欲ないし処方意欲を喚起・昂進させる手段としての性質)」を有しているといえる。

そうでなく、「事実に基づかず、捏造されたデータに基づく」記事は、一見「学術論文」の体裁をとっていたとしても、もはや「学術論文」とは言えない。学術論文の体裁をとった「文書」ないし「虚偽文書」である。

被告らの作成した記事は「学術論文」でなく「虚偽文書」「虚偽広告」

被告らの作成したものは、捏造された虚偽に基づいて作成され「事実」と異なるものである。一旦査読を受けて学術論文として掲載されたものの、その後「捏造」「改ざん」が明らかとなり、撤回に至った。したがって、「学術論文」ではない。速報No178で述べたとおり「虚偽文書」である。

しかし、撤回されるまでは、査読を受けた「学術論文」として、医師の処方意欲を喚起・昂進させる手段となり、顧客誘引手段性があった。

しかもこの「虚偽文書」は、もともと、ディオバンの誇大な効能を、医師らに「流布する」意図をもって作成され、査読を受けた学術雑誌に掲載され、医師らに大量に配布(流布)され、販売・処方促進に使用され、実際に効果を発揮し、年間1000億円超の売り上げを何年にもわたって維持することに貢献した。したがって「広告」以外の何ものでもない。

したがって、この捏造され虚偽を多く含んだ「虚偽文書」は、まさしく、第六十六条に述べられている「虚偽又は誇大な記事」に相当する。

学術雑誌に受理されるように(後に撤回されたが)工夫して論文を作成するためにデータを捏造・改ざんし、「虚偽文書」を作成した被告らの行為は、「虚偽又は誇大な記事」を「記述」した行為そのものである。

また、ノバルティス社による「虚偽文書」を直接医師らに配布した行為は、「虚偽又は誇大な記事を流布」したことに相当する。また、そのデータを転載して「宣伝用パンフレット」を作成し、配布した行為は、「虚偽又は誇大な記事を記述し、流布」する行為そのものである。

当時の法律によっても有罪

以上、速報No178でも述べたように、当時(2013年)の法律によっても、十分に有罪にできる。それにもかかわらず、東京地裁と東京高裁が揃って無罪判決を下したことは、製薬企業の犯罪を、またしても放置したことになる。歴史に禍根を残す誤判決である。

新たな臨床研究法は科学不正を防げるか

速報No178でも述べたように、2017年4月1日に発効した「臨床研究法」は、製薬企業等からの委託を受けて実施される医師主導の臨床研究が適切に実施されることを目的とし、ディオバン事件で起こったデータの改ざん、ないし捏造を防止することを目的としている。しかしながら、主に防止することに主眼を置いて、査察などに重点を置いており、データの改ざんや捏造がされた場合の罰則規定が、はなはだ乏しい。

したがって、データの改ざんないし捏造が現在よりは多少困難になるとしても、根本的な解決にはならず、企業による科学犯罪の防止を防ぐ実効性はないと考える。

まとめ(再掲)

高裁判決では、バルサルタンの効能又は効果に関して、英文雑誌に虚偽の記事を記述したことは、一審同様に認めた。しかし、地裁判決と同様、撤回された論文であることを考慮せず、査読を受けた学術論文は、虚偽の記載がされていても、顧客誘引手段性を備えていないから「広告」ではない、という、根本的に間違った判断をした。

学術論文でなく、虚偽の広告であったことは、その後虚偽の記載により撤回されたことが何よりも証明している。有効・安全と結論され、査読を受けた論文の宣伝効果は大きく、顧客誘引手段性がある。だからこそ、被告らは、捏造・改ざんしてまで「学術」論文として作成したのである。実際、被告らは大量に印刷して医師に配った。高裁判決は、実情を理解せず、机上の空論で犯罪者を無罪にした。これでは今後、メーカーによる科学不正はますます多くなる。きわめて憂慮すべき事態だ。

この事件をきっかけに立法化された臨床研究法は、罰則規定は極めて貧弱であり企業の科学不正・科学犯罪の防止は到底できない。

共同通信からの取材に対する浜のコメント

「NPO法人医薬ビジランスセンター理事長で内科医の浜六郎氏の話」

問題の論文は、改ざんされたデータに基づきディオバンの誇大な効能を医師らに流布する目的で作成された。販売を促進するための「虚偽広告」で、学術論文とは到底言えない。企業にとって良い研究結果が含まれている論文は宣伝効果が高く、大量に印刷して医師に配布している。無罪を維持した東京高裁判決は、そうした実情を理解していない。事件をきっかけに臨床研究の不正を防止するための法律が施行されたが、罰則が不十分で機能するとは思えない。

ディオバン(一般名バルサルタン)に関する日本の撤回論文12件一覧

速報No178 PubMed要約参照

東京高裁判決の骨子および要旨より、主要部分を以下に抜粋する

地裁判決骨子と要旨の抜粋は、速報No178参照


被告:ノバルティスファーマ株式会社(被告会社)および白橋伸雄(被告人)

検察官の求刑:被告会社について罰金400万円、被告人について懲役2年6月

主文:本件各控訴を棄却する。

理由:

高裁判決の骨子

本件の主要な争点は、平成25年法律第84 号による改正前の薬事法(昭和35 年法律第145号。以下「本法」という。) 66条1項が規制している虚偽又は誇 大な記事の「広告」、 「記述」、 「流布」は、 「広告」以外も広義の広告(条文上の「広告」を含む、 それよりも広い意味での広告)に当たるもののみを指すのか、あるいはそのような限定はないのかという点である。(中略)

広義の広告といえるのは、 次の3 要件を満たすものと解すべきである。

①[認知性]不特定又は多数の者に告知する(予定を含む。)ものであること。

②[特定性]告知の中で当該医薬品等が特定されていること。

③[誘引手段性]顧客誘引の手段となっていること。

③については、

(a)[客観的誘引手段性]当該告知行為が、 その内容や体裁等からみて顧客誘引の手段としての性質を有していること、

(b)[主観的誘引手段性]行為者において、 当該告知行為自体を、顧客誘引の手段とする意思があることの両者が必要と解される。

そして、このような広義の広告の中核をなすのは、 本法66 条1項の「広告」(狭義の広告)であるが、 これには、その体裁、 形式等、外形的にみて顧客誘引の手段となっていることが一見して明確なものが該当すると解される。

これに対し、狭義の広告には当たらないが、 その内容や行為者の意思等から、 実質的に広義の広告の要件を満たすと解されるものが、 「記述」ないし「流布」に当たり、 両者のうち「記述」は、文字等(図表等を含む。)を表現手段としたもの、 「流布」は、 文字等以外(例えば口頭)を表現手段としたものと解するのが相当である。

以上を前提に本件についてみると、本件各論文を本件各学術雑誌に掲載させるなどした行為は、 本法66 条1項の「記述」に当たるか否かが問題になるところ、 本件各論文の内容や体裁、同雑誌の性格等からして上記客観的誘引手段性を備えていない。また、被告会社は、本件各論文を本件各学術雑誌に掲載させた後に、 それを利用して、 広告資材を作成し、 同資材を用いて広告活動を行っているのであり、前記学術雑誌への掲載は、 全体からいえば広告の準備行為として位置付けられるものであり、 被告人が本件各論文を前記学術雑誌に掲載させるなどの行為を、 直接顧客誘引の手段とする意思で行ったとは認められないから上記主観的誘引手段性も認められない。よって、 本件各公訴事実における被告人の行為は、 広義の広告の要件を満たしておらず、本法66 条1項の「記述」には当たらない。

したがって、たとえ、被告人が自ら作成し、 研究者らに提供した図表等のデータが虚偽のもので、被告人が研究者らを、情を知らない道具として利用して、同データに基づき内容虚偽の論文を作成させ、本件各学術雑誌に投稿させて掲載させたとの事実が認められるとしても、 被告人の行為は本法66条1項違反に当たらないから、これと同旨の原判決の結論は、正当として是認することができる。

(以上、高裁判決骨子より主要部分を引用)

要旨より抜粋

原判決は,以上の解釈を前提に, 本件各論文を作成させて,本件各学術雑誌に投稿させ,掲載させた行為には,前記(1)アの特定性と認知性は認められると判示している。

しかし,需用者の購入意欲ないし処方意欲を喚起・昂進させる手段としての性質を有するか否かについては,①一般に, 学術論文を作成して学術雑誌に投稿し,掲載させるという行為は,研究成果の発表行為として理解されていること, ②少なくとも査読を必要とする学術雑誌においては, 当該学間領域の専門家による論文の評価を経て,掲載に値すると判断されて初めて掲載されるのであって,情報提供者が金銭的な費用を負担することによって情報提供の具体的内容を決め得るという関係にあるものではないこと, ③本件各論文は,臨床試験の被験薬とされた医薬品を販売する被告会社の従業員である被告人がデータの解析や提供等に大きな関与をしていたという問題があるにせよ, その著者である沢田らや白石らが医薬品に係る臨床試験の結果をまとめた学術論文であり,それらが医学領域の学術雑誌に投稿され,採択されて掲載されたものであって,その雑誌の性格や,査読を経て採択され,掲載に至ったという経緯,論文の体裁,内容等を客観的にみると,一般の学術論文の学術雑誌への掲載と異なるところはないことを指摘して, 前記手段としての性質を否定する判断をしている。

なお、原判決は,本件各論文を作成させて,本件各学術雑誌に投稿させ,掲載させた行為は,医薬品の効能,効果に関する広告を行うための準備行為として, 重要な役割を果たしたものではあるが, そのような事情があるからといって,それ自体が, 需用者の購入意欲ないし処方意欲を喚起・昂進させる手段としての性質を有するに至るとはいえないとも判示している。

高裁判決では、地裁の上記判断をそのまま追認し、問題の論文について、

(1)アの「特定性」と「認知性」は認められるとしたうえで、顧客誘引手段性(需用者の購入意欲ないし処方意欲を喚起・昂進させる手段としての性質)を有するかどうかについても、地裁の判断を維持し、以下のように結論した。

高裁の判断の結論部分:

本件各論文を本件各学術雑誌に掲載させるなどした行為は、本法66条1項の「記述」に当たるか否かが問題になるところ、本件各論文の内容や体裁、同雑誌の性格等からして上記客観的誘引手段性を備えていない。

また、被告会社は、本件各論文を本件各学術雑誌に掲載させた後に、それを利用して、広告資材を作成し、 同資材を用いて広告活動を行っているのであり、前記学術雑誌への掲載は、全体からいえば広告の準備行為として位置付けられるものであり、被告人が本件各論文を前記学術雑誌に掲載させるなどの行為を、直接顧客誘引の手段とする意思で行ったとは認められないから上記主観的誘引手段性も認められない。


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