(2017.07.26号)

『薬のチェックは命のチェック』インターネット速報版No175

WHO必須薬剤リストでタミフルが格下げに    
  2017年改訂、主要薬剤から補足薬剤
格下げの根拠はコクランのレビュー

WHOは、医療に必須の薬剤のモデルリストについて2年に1回見直しをしている。2017年6月6日に発表された2017年の改訂では、タミフルが主要薬剤から、補足薬剤に格下げされた[1-4]。

異常行動や突然死に関する評価が甘く、重篤なインフルエンザや、ハイリスク患者のインフルエンザにはかえって害が大きい点を検討していない、という限界はあるものの、「季節性およびパンデミックインフルエンザに対する臨床的有用性の証拠は低い、という新たな証拠」として、コクラン・レビュー[5,6]や、その意見[7,8]を、メーカー出資のシステマティックレビューの結果[9]よりも重視して格下げをし、次回の改訂では、「削除」の可能性について言及した。その意味で、今回の改訂は画期的なことと言える。

日本では、ヨーロッパ各国に比較して、50倍から1200倍超ものノイラミニダーゼ阻害剤を未だに使用している[10]。これは、世界的な趨勢とあまりにもかけ離れたインフルエンザに対する診療方法だ。また、「パンデミックに備えて」と称して、あいかわらず、大量の備蓄をし[11]、無駄使いをしている。

さらに、タミフルによる副作用被害救済を求める被害者やその遺族らの訴えに対して、国、国側証人、裁判所は、タミフルには一切害がないとして、突然死や後遺症被害、異常行動後の事故死被害が、救済されないままである[10,12](速報No176参照)。

WHOの必須薬剤を検討した専門家委員会によるタミフルの格下げの理由、扱い[1,2]については、以下のようにまとめられる(英文原文と翻訳は末尾参照)

解説

格下げの根拠は、コクランのシステマティックレビュー結果

2009年のいわゆる「パンデミックインフルエンザ」を経験した後、2011年の改訂時に、オセルタミビルがWHOの必須薬剤モデルリストに入れられた(成人第17版2011年[13]、小児用第3版2011年[14])。

コクランのノイラミニダーゼ阻害剤検討チームによるシステマティックレビューの予備結果が2012年に公表され、2014年4月には最終結果[5]が公表された。

その内容は、インフルエンザにタミフルを使用しても、肺炎を減少させず、入院も防止できなかった。害については、精神症状が、治療に用いても予防に用いても増加し、頭痛、糖尿病、腎疾患を増加させた。

これらの結果は、一般に知られることになったが、2013年、2015年の改訂時には、WHOの専門家委員会においては十分に理解されず、主要リストに留まり続けた。

コクランのノイラミニダーゼ阻害剤検討チームによるシステマティックレビューの上記の結果と異なるシステマティックレビューの結果がDobsonら[9]により発表された。メーカー出資によるこのレビーの欠陥については、コクラン・レビューグループによって、厳しく批判されている[7]。

すなわち、プロトコルが存在せず、レビューした試験のバイアスの危険度評価もしていないからである。細かい点でも、害を少なく見せ、利点を強調する工夫がなされていたため、ECDC(欧州感染症コントロールセンター)が、コクラン・レビューよりもDobsonレビューを重視するのは奇異である、と徹底的に批判した[7]。

さらに、2017年のWHOの必須薬剤モデルリストの改訂に向けて、コクランのノイラミニダーゼ阻害剤検討チームから、「削除」の勧告がなされた[8]。

こうした経緯により、2017年6月6日に発表されたWHOの必須薬剤リストでは、従来の「主要薬剤」から「補助的薬剤」に格下げされることになったのである。

日本では、相変わらず備蓄を継続

ところが、日本では、WHOの格下げ判断に先立つ、2017年5月29日、厚生科学審議会、感染症部会、第9回新型インフルエンザ対策に関する小委員会が開催され、新型インフルエンザ対策としてのタミフルなど抗インフルエンザウイルス剤の備蓄を改めて確認した[11]。ただ従来、重症患者に使用する薬剤の量・使用期間を、それぞれ通常の2(つまり通常の4倍)としていたが、その科学的根拠を検討したところ、根拠が見つからなかったために、この基準を撤廃する方向で意見を取りまとめた。従来の備蓄目標は国民の45%(5650万人)分であったが、その13~15%を減らすことが可能としている。それでも、国民の38%(4800万人)分をなお備蓄することになる。

日本でもコクラン・レビューの結果を重視すべき

これらのことは、2017年6月19日に開催された感染症部会[15]で審議されたが、コクラングループによるシステマティックレビューの結果を踏まえた、WHO必須薬剤専門家委員会の格下げ決定の結果について、審議された形跡がない。

重症患者に使用する薬剤の量・使用期間のそれぞれを倍量とする科学的根拠がない、というだけにとどまらず、インフルエンザに用いて、肺炎や入院だけでなく[5,6]、死亡率を減らすとの証拠も見つからなかったのである[7]。

したがって、本来、インフルエンザ治療へのノイラミニダーゼ阻害剤の使用を妥当とする根拠はない。WHOの決定を見習うなら、少なくとも、その位置づけを格下げすべきであった。

WHOには害の検討をより厳しくするよう要望する

WHOの今回の決定においても、タミフルによる異常行動や突然死など突発型の害反応[7,16]や、抗体産生抑制、腎障害、糖尿病など遅発性の害反応[7,17]に関しても評価は甘い。

また、タミフルをはじめノイラミニダーゼ阻害剤による症状のわずかな軽減効果は、インフルエンザウイルスを排除することによってではなく、人の内因性ノイラミニダーゼの阻害による見かけの症状軽減効果によるものであり、重篤なインフルエンザや、ハイリスク患者のインフルエンザにはかえって害が大きい[5-7,17]、という重要な点を見ていない。

専門家委員会の文章の最後にあるように、「インフルエンザの薬物治療に関するWHOガイドライン」が2017年に改訂される予定である。

それに合わせ、また次回の改訂の際の参考になるように、治療の無効性と、害に関して、WHOに対して申し入れをする必要がある、と考える。

WHO専門家委員会によるインフルエンザ治療におけるタミフルの評価原文

Section 6.4.3: Other antivirals
The Expert Committee did not recommend the deletion of oseltamivir from the EML and EMLc, recognizing that it is the only medicine included on the Model Lists for critically ill patients with influenza and for influenza pandemic preparedness. However, the Committee noted that compared to when oseltamivir was first included on the Model List in 2009, there now exists additional evidence of oseltamivir in seasonal and pandemic flu which has reduced the previously estimated magnitude of effect of oseltamivir on relevant clinical outcomes. The Committee recommended the listing of oseltamivir be amended and the medicine be moved from the core to the complementary list, and its use be restricted to severe illness due to confirmed or suspected influenza virus infection in critically ill hospitalized patients. The Expert EML Committee noted that WHO guidelines for pharmacological management of pandemic and seasonal influenza are going to be updated in 2017: unless new information supporting the use in seasonal and pandemic outbreaks is provided, the next Expert Committee might consider oseltamivir for deletion.

上記の全文翻訳

第6.4.3:他の抗ウイルス薬

専門家委員会は、必須薬剤リスト(EML)と小児用必須薬剤リスト(EMLc)からのオセルタミビルの削除を推奨しなかった。オセルタミビルは、非常に重篤なインフルエンザ患者用、あるいはインフルエンザ・パンデミック用の唯一の薬剤のためである。

しかしながら、委員会は、オセルタミビルが2009年にModel Listに最初に掲載された時と比較して、現在では季節性およびパンデミックインフルエンザに対するオセルタミビルの臨床的な有用性の証拠は低い、という新たな証拠が存在する点に注目した。

専門家委員会は、オセルタミビルを、EMLの主要薬剤リストから補足リストに移動するよう推奨する。

そして、入院患者のうちインフルエンザウイルス感染が確認されるか疑われた非常に重篤な患者に対してのみ使用を制限するように推奨する。

EMLの専門家委員会は、パンデミックと季節性インフルエンザの薬物療法に関するWHOガイドラインが2017年に改訂される予定であるということに注目している。

季節性インフルエンザならびのパンデミックインフルエンザに対するオセルタミビルの使用を支持する新たな情報が提供されない限り、次の専門家委員会では、オセルタミビルは削除の対象になりうる。

参考文献(それぞれ、クリックすると、必要な文献にリンクされています)

  1. The 2017 Expert Committee on the Selection and Use of Essential Medicines Executive summary
  2. The 2017 Expert Committee on the Selection and Use of Essential Medicines Unedited full report:
  3. WHO Model List of Essential Medicines(EML) EML?20th edition (March 2017) (成人用)
  4. WHO Model List of Essential Medicines(EML) EMLc?6th edition (March 2017) (小児用)
  5. Jefferson T, Jones MA, Doshi P, Del Mar CB, Hama R, Thompson MJ, Spencer EA, Onakpoya I, Mahtani KR, Nunan D, Howick J, Heneghan CJ Neuraminidase inhibitors for preventing and treating influenza in healthy adults and children. Cochrane Database of Systematic Reviews 2014.
    日本語要約は、『薬のチェックは命のチェック』インターネット速報版No168からリンクしています。
  6. Heneghan CJ, Onakpoya I, Jones M, Doshi P, Del Mar CB, Hama R, Thompson MJ, Spencer EA, Mahtani KR, Nunan D, Howick J and Jefferson T. Neuraminidase inhibitors for influenza: a systematic review and meta-analysis of regulatory and mortality data. Health Technol Assess. 2016 May;20(42):1-242.
  7. Hama R, Jefferson T and Henegan C (The Acute Respiratory Infections Cochrane Review Group). Comments on document issued by ECDC under public consultation: March 13 2016
    日本語要約は、薬のチェックTIP誌65号(2016年5月)で読むことができます。
  8. The Acute Respiratory Infections Cochrane Review Group. Application for deletion of oseltamivir.
  9. Dobson J, Whitley RJ, Pocock S, Monto AS. Oseltamivir treatment for influenza in adults: a meta-analysis of randomised controlled trials. Lancet. 2015: 385(9979): 1729-37.
  10. 浜六郎、オセルタミビル他ノイラミニダーゼ阻害剤の使用に関する要望書(厚生労働大臣ほか宛て)2016.7.14
  11. 厚生科学審議会、感染症部会、第9回新型インフルエンザ対策に関する小委員会(2017.5.29)
  12. 浜六郎、司法は独立性を放棄-タミフル裁判では国の言いなり、薬のチェック速報No176(予定)
  13. Essential Medicines WHO Model List 17th edition (March 2011)
  14. WHO Model List of Essential Medicines for Children 3rd list (March 2011)
  15. 厚生科学審議会感染症部会、第21回感染症部会(2017.6.19)
  16. Hama R, Bennett C. The mechanisms of sudden-onset type adverse reactions to oseltamivir Acta Neurol Scand. 2017 Feb;135(2):148-160. (Epub 2016 Jun 30)   (html版)  (pdf版)   日本語訳「オセルタミビルの突発型 害反応の発症機序」
  17. Hama R. The mechanisms of delayed-onset type adverse reactions to oseltamivir.   Infect Dis (Lond). 2016 Sep;48(9):651-60.(Epub 2016 Jun 2)
    日本語訳「オセルタミビルの遅発型 害反応の発症機序」

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