(2007.1.31号)

『薬のチェックは命のチェック』インターネット速報版No74

イレッサ情報開示裁判、敗訴

全面不開示の判決:因果関係が否定された急性肺傷害死臨床症例
ただし経過中、世論に押され、毒性実験データは開示

NPO法人医薬ビジランスセンター(薬のチェック)と医薬品・治療研究会、薬害オンブズパースン会議の3団体が、イレッサの審査過程の検証に必須の情報を開示するよう国に対して求めていた裁判[1] において、東京地裁は2007年1月26日、主要な情報の開示を棄却する判決を下した。すなわち、イレッサによる急性肺傷害死と思われるのに因果関係が否定された臨床試験症例が開示されないことを妥当と判断したのである。

判決理由:誤りが分かっても安全評価に影響ない

その理由は主に2つ。

  1. 開示された情報を利用して後発メーカーが資料として提出すれば承認されてしまい、メーカー(アストラゼネカ社)の利益が侵害される(参考資料1,3)。
  2. 臨床的に必要な情報は承認申請概要[2]で尽くされ、開示請求された情報に誤りがあっても大した影響はないから開示の必要はない(副作用と判定すべき事例がそう判定されなかったという誤りが判明しても、イレッサの安全性評価に大きな影響はない)(参考資料2,3)。

というものであった。

薬害事件の教訓を省みない判決

これまでの薬害では、たいてい、承認段階にミスがあった。すなわち、承認段階で有効性を過大に評価し、害を過少評価することにより大量使用が促されたことが多くの薬害を引き起こしていた。薬害裁判で、そうした審査過程での判断、有効性と害とのバランス評価の誤りを指摘され、国の責任が再三明らかにされ、歴代厚生大臣(厚生労働大臣)は反省を繰り返してきた。

開示を求めた情報は、国の審査の見落としを検証するため必須

今回のイレッサの問題についても、承認申請概要[2]の情報から、承認段階で重要なデータの見落としがあった疑いが濃いことが判明したため、そのことを検証するためにデータの開示を求めたのである。

  1. 動物実験で肺傷害の所見があったはずだ。だからその動物実験のすべてのデータを開示してほしい。
  2. ごく初期の治験における9件の有害事象死中少なくとも5件のほか、有害事象死亡の多くは肺傷害死亡であった。したがってイレッサによる副作用死が多数あったはずだ。だから、その詳細な報告が記載された臨床試験報告書を開示してほしい。

開示された動物データにはイレッサによる肺傷害病理所見あり

情報開示裁判に引き続き、イレッサ薬害被害者らが被害の補償を求め提訴し[3]、その過程においてもアストラゼネカ社に対してデータの開示を求めていた。メーカーがなかなか開示しないことにマスメディアが疑問を呈し始めていた2005年3月、突然メーカー(アストラゼネカ社)は動物実験データを自社のホームページ上に開示した[4]。

この開示情報を見たところ、承認申請概要[2]の記載内容から判断して、あるはずだと推測していた肺の病変が簡単に見つかった[5,6]。試験開始10日目にイヌに生じた急性肺傷害[5]は、まさしくイレッサによる肺病変であった。ラットの実験で、中等度の肺胞浮腫と肺胞内細胞浸潤の多発、気管支の肉芽腫症および膿瘍形成で死亡した例もイレッサによると考えるべきであった]6]。さらに、ラットでもイヌでも異物を貪食するために増加する肺胞マクロファージが、高用量群に多かった(ラットは単独で統計学的に有意。ラットとイヌを合わせた場合、イレッサによる肺病理所見であるとして間違う確率は2000分の1未満であった)[6]。

メーカーのデータ隠しと、国の審査のミスが判明

開示された動物実験データは、開示前にまさに予想した通りであった。これら確実にイレッサによると思われる明瞭な肺傷害の病理所見が承認申請概要には記載されなかったのである。

つまり、メーカーにとって不都合なデータが承認申請概要には記載されず、隠されていたことが判明した。

国が審査過程でこの情報を見落としたのか、分かっていて問題ないとしたのかは不明である。しかしながら、いずれにしても、国の審査のミスである。また、そうした重要な情報が隠されているデータの開示を拒否したことで、国は二重の間違いを犯したといえよう。

急性肺傷害・呼吸困難死は大部分が副作用死であろう

開示請求情報のうち一部開示された動物実験データから、審査過程の判断が誤りであることが明らかになった。

この動物実験の病理所見をあわせて考察すれば、臨床例については、メーカーや国が因果関係を完全否定した有害事象死の多く(すべてといわないまでも、そのうちのおそらく過半数)が副作用死であったと予想できる。

とくに重要なのは全症例の13%(9例)が有害事象死した初期の治験である。9例中少なくとも5例が呼吸障害死であり、うち1例はわずか9日目に急性呼吸窮迫症候群、すなわち急性肺傷害で死亡した。10日目に急性肺萎縮で死亡したイヌとそっくりの所見であり、イレッサとの関連は因果関係が否定できないどころか、積極的に関連を指摘すべき例であった。だからこそ、その検証のために開示を要求しているのである。

治験担当医師はなぜ関連を全面否定したのか−開示情報で明らかになるはずだ

判決では、「これらが開示されたからといって、副作用の発現状況に関する治験担当医師の判断の妥当性を検証できる可能性は小さい」と、どうせ開示されても大して意味がないから開示に必要性はないというのである。しかもこの判断は、驚くべきことに、開示されるべき情報を裁判官も見ていないのである。見もしないで被告の国や企業の主張をうのみにして、大したことは書いてない、と断定している。

開示されないなら、動物実験データとの関連から、因果関係の強い副作用であったと結論せざるを得ない。しかし、開示されることによって何が分かるのか、改めて見てみよう。

有害事象のケースカードには、症状や検査結果の経過が詳しく記載される。医師の意見を記載する欄もある。治験担当医が関連を否定する意見を記載していたとしても、検査結果や症状の経過と、動物実験データが開示されていたとするなら、動物とその症例の経過の類似性などから、死亡とイレッサとの関連が否定できないことを、そのときに判断しえなかったかどうかが、客観的に判定できるはずである。また、治験担当医がなぜ関連を否定したのか、その理由についても、少なくともその一部は判明する可能性がある。

副作用死亡の多発で開発が断念されていた可能性がある

動物実験データの肺傷害の所見が適切に治験担当医に提示されていたならば、初期治験の担当医は肺傷害による有害事象死を副作用死と判定していた可能性がある。初期治験で急性肺傷害が多発していれば、その後の治験は断念されていた可能性がある。もしも治験が継続されていたとしても、急性肺傷害例が多発するとの情報が提供されていれば、他の抗がん剤よりはるかに副作用が少なく安全との評価にはならなかったであろう。

ところが、現実には、動物実験におけるイレッサによる肺傷害の病理所見が治験を担当した臨床医に全く示されなかったことから、イレッサによる肺傷害死との因果関係を考察する重要な情報が欠落したまま、肺傷害死亡との関連の考察をせざるを得なくなったのである。

その結果、9例もの有害事象死のうち、急性呼吸窮迫症候群という明瞭な急性肺傷害死をはじめ、5例の呼吸障害死亡とイレッサとの関連が一切否定されてしまったのである。そして、これら貴重な肺傷害死亡の例が、それ以降の臨床試験にも一切生かされず、イレッサの害の過小評価につながったのである。

医薬の分野では情報公開は後退−検証を不可能にし、薬害は多発する

これら、承認審査過程で間違いがなかったかどうかを検証するために必須の情報が開示されないなら、第三者の検証は全く不可能である。以前はメーカーに依頼すれば社内資料は非公式には、よほど不都合なものを除いては提供されていた。ところが、情報公開法ができてからは、「情報公開法に則って請求してください」というだけである。そこで公開法に則って請求すると、拒否され、裁判しても公開がなされない。

情報公開法ができた結果、医薬品の分野ではかえって情報の公開が後退したといえる。重大な情報ほど開示されない、という事態が続く限り、医薬品の分野で日本にはもはや、情報公開は一切ないといっても過言ではないであろう。またこの様な事態が続く限り、日本から薬害をなくすことは不可能である。

この裁判にはどうしても勝たなければなりません。早速NPO法人医薬ビジランスセンター(薬のチェック)として控訴することを決定しました。

参考資料

  1. 参考資料1、判決主要部分-1:後発メーカーが申請資料に利用、承認される-p23〜25
  2. 参考資料2、判決主要部分-2:開示されても大したことは書いてない-p29〜30
  3. 参考資料3、開示判決論点対照表(弁護団作成)

参考文献など

  1. 『薬のチェックは命のチェック』速報No30:2003.08.04イレッサ資料開示でNPOJIPらが提訴(薬害オンブズパースン会議らと)
  2. イレッサ承認申請概要
  3. イレッサ薬害被害者の会
  4. アストラゼネカ社、イレッサの一般毒性に関する詳細情報
  5. 『薬のチェックは命のチェック』速報No50:2005.03.05(0306改訂号)イレッサで「イヌに肺炎」が判明—毒性データはやはり隠されていた−
  6. 浜六郎ほか、ゲフィチニブのヒトにおける肺毒性は動物実験から確実に予測できたーラット、イヌ毒性試験から見た肺毒性所見について−薬剤疫学、11(suppl):S70-S71、2006

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