「いま医薬品を見直そう」 シリーズ

 

  

 

第12回 エビデンスに基づく治療指針(1)
      慢性心不全

  

1998年1月25日

 

 今回は、イギリスオックスフォードの地域医療において作成されたEBM治療指針カードについて紹介する。
 このカードは、第一回医薬ビジランスセミナーにおいて講演されたHicks氏が責任者となり、基礎研究者、循環器専門家、開業医、一般内科医、疫学研究者などの協力で作成したものである。
 日常よく遭遇する四種類の心疾患(急性心筋梗塞、慢性心房細動、慢性心不全、慢性安定型狭心症)について作成されており、地域のEvidence-Based Healthcareに役立てられているものである。ただし、薬剤の使用量、食生活など外国とはしばしば異なる点があるので、この場合にはその都度できるだけ解説を加えるようにした。

 治療指針カードは下記参照。

〔解説〕
 心不全の治療は変化している。利尿剤とACE阻害剤が選択剤である。
 ジギタリスおよび硝酸剤の位置は著しく低下し、慢性心不全治療にはほとんど評価されていない。
 ジギタリスは急性期で頻脈がない限り不要であるし、硝酸剤も急性期の効果が認められているだけだ。
 カルグート、アカルディ、アーキンZなど、カテコラミン系あるいはフォスフォジエステラーゼV阻害剤系などの強心剤を使用しているのは日本だけである。
 これらの薬剤は「利尿剤やジギタリスが無効な軽症〜中等症の慢性心不全に適応」とされているが、軽症ないし中等症の心不全は、利尿剤やACE阻害剤、ジギタリスなどで十分コントロールできる。
 これらが無効な心不全は重症であり、このような強心剤の適応にはならない。長期の有効性と安全性は未確認であるし、むしろ危険性が予想されるからである。
 ドーパミン・プロドラッグのタナドーパも高価(一日2000円以上)でむしろ危険。
 現実にはあり得ない「利尿剤やジギタリス剤が無効な軽症ないし中等症の慢性心不全」にのみ適応を認められているアカルディやアーキンZ、カルグートも高価(一日約600円〜300円)で不要なものの典型例である。
 ユビデカレノン(コエンザイムQ製剤:ノイキノンなど)も121円/日(最安価な製剤は18.8円/日)だが、論外である。
 ハンプ(心房性ナトリウム利尿ペプタイド)は、従来のループ利尿剤よりもはるかにその効果は劣り、使用に際してループ利尿剤との使用法との関係が全く不明であり、価格は1バイアル3573円と、フロセミド(20mg、1アンプル64円)の五十六倍の価格である。
 これも不要な物質である。

EBM治療指針カード

1、慢性心不全
【診断と検査】
原因 虚血性心疾患、僧帽弁・大動脈弁膜疾患、長期におよぶ高血圧
心エコー うっ血性心不全が疑われる場合には必須の検査。これによって、治療可能な原因(e.g.弁膜疾患)の存在が分かり、左心機能不全の有無も確認できる。
その他 Hb、心電図、尿、クレアチニン、胸部レ線、体重等のデータも参考になる。
【治療法】
悪化要因
 (1)薬剤 β遮断剤、ベラパミル、NSAIDs
 (2)食事 アルコール過剰、食塩過剰(註・塩、味噌、しょう油、汁物)
ACE阻害剤 心不全の第一選択剤である。寿命を延長し、症状を改善する。
利尿剤 急速な症状緩和が期待できる。
【ACE阻害剤の開始について】
 少量から開始し、低血圧にならないように注意しさえすれば、一般にACE阻害剤はプライマリーケアにおいても安全に使い始めることのできる薬剤である(一般医療におけるACE阻害剤治療開始に関してDargie文献を参照)。
【以下のような場合には、専門医への紹介または特別な処置が必要】
・脱水または循環血液量減少
・起立時収縮期血圧<100mmHg
・脳卒中/TIAの既往歴、あるい は大動脈狭窄症
・クレアチニン>1.7mg/dl、血清カリウム値>5.5meq/l
・利尿剤の必要量増加(フロセミドが80mg相当以上の場合)

作成 イギリスオックスフォード州日常的心疾患治療検討グループ
訳(註)編・TIP/JIP「EBM医薬品集プロジェクトチーム」
〔ACE阻害剤の有効性のevidenceについては、TIP誌1997年12月号参照〕