2002年12月2日  参議院厚生労働委員会参考人での発言

薬の監視を製薬企業に任せることになる「本法案」に反対です

 

薬を監視するNPO法人医薬ビジランスセンター 理事長   浜 六郎

企業に依存せず薬害を監視してきた内科医・臨床薬理学者として

 私は20年以上病院の内科医師として診療してきました。良い薬が無ければ医療は成り立たないことはよく知っております。一方、公衆衛生学、臨床薬理学者として大学で医学生薬学生を指導し、薬を医療の現場で適切に使用するため、副作用を監視し、無効・有害な薬を監視し、情報を発信してきました。1997年からは病院を退職して、有益な薬と、無効/有害なものを見分けるための仕事に専念しています。製薬企業の援助は一切受けていません。企業に頼ると評価が企業に甘くなり偏るからです。そのような仕事をしている医師として、今回の法案にたいする考えを述べます。

ニワトリの番をキツネにさせるのか?

 この法案の最大の問題は、薬の審査や監視を実際に担当する職員に、製薬企業の社員を大量に投入する点です。
 今、高橋さんが述べられたように,日本の企業はサリドマイド、スモン、薬害エイズ、硬膜CJD、薬害肝炎など、大規模な薬害を繰り返してきました。一部の企業だけでなく大多数の製薬企業が何らかの薬害に関与してきています。今度の新法人は、そのような企業の人物が大幅に参加してくるのです。そして、企業の意見は採り入れても、これを監視する組織はありません。
 理事長が理事を決め、理事会が職員を決めます。大企業の意向でどのような人事も可能です。甘い審査、危険なものを医療現場に放置しておくことも可能です。公正な審査や市販後監視ができるはずがありません。こんなシステムは、ヨーロッパはもちろん、アメリカでもありません。アメリカは費用の半分以上を企業の資金でまかなっていますが、人まではメーカーには頼っていません。日本は金だけでなく、人まで企業に頼るのです。
 あとでのべますが、審査や監視を国の機関がしていても、アメリカよりもひどい審査が行われています。今よりもさらに悪くなるのは目に見えています。
 先日私たちが日本に招いた国境なき医師団のエレン・トゥーン氏にこのシステムのことを話したところ、即座に、「ニワトリの番をキツネにさせるようなものだ」といわれました。全くその通りとおもいました。国民の命がかかっているからです。

アメリカも手本にはならない

 アメリカは以前審査が厳しいことで有名で、日本もお手本にしないといけないといわれていましたが、今や,ずさんなことで世界的に有名です。
 イギリス医師会雑誌の今年の9月14日号の表紙には、FDAの建物とともに「FDAの持ち主はだれか? 製薬企業? それとも国民?」との大きな見出しがあります。
 重大な害でいったん中止した危険な過敏性腸症候群用の新薬を、FDA内部の反対意見を押し切って再度承認してしまったからです(資料1)。これだけではありません。
 最近6年半で、アメリカで販売許可され、アメリカあるいは外国で危険だとの理由で中止されたものが13剤あります。1年あたり2剤です。審査期間を短縮したためです。
 そのアメリカでも承認しなかった新薬イレッサを日本で早々と承認したのです。大臣はもっと早く審査承認が必要だから、独立法人が必要だといわれますが、いまでも拙速でいい加減なのがよく承認されているのです。一番典型的なこのイレッサについて、詳しく述べますので、大臣、議員のみなさんよくお聞きください。

同じデータで米は承認延期、拙速承認で日本は多数の死亡者

 イレッサは肺ガンに用いられる抗ガン剤です(資料2)。
 この7月5日輸入承認され、8月30日薬価収載されました。10月26日には125人が重篤な間質性肺炎になり、39人が死亡したことが判明しています。これは、よく調べると発売前から危険性は分かっているのです。動物では、癌に効く用量(50mg/kg)の10分の1の量(5mg/kg)で肝臓壊死という重篤な毒性が出ています。人で使う量(250mg/50kg)の5分の1(体表面積換算)で肝臓の壊死まで起きているのです。だから、動物の段階でも、よい結果が予測できるわけがありません。

 臨床試験でも毒性が明かです。腫瘍が少し小さくなる率(部分反応率)は8%、イレッサの害による死亡は7%です。大部分が間質性肺炎で、死亡しない間質性肺炎はもっとあります。わずかに癌が小さくなるかわりに同じくらいの人が死ぬ。大臣、議員の皆さん。こんなものが薬として使えると言えますか

 実は、メーカーは8月19日、寿命延長効果がなかったことをFDAに報告しました。日本の審議会に相当するアメリカの抗腫瘍剤諮問委員会は8月20日、「イレッサは有用」と評価したのですが、FDA自身は、8月19日の報告を重視して、迅速審査の対象にもかかわらず、「早期承認は疑問」と延期を決定しました(9月25日)。日本の審査センターでも当然この報告を受け取ったはずです。しかし日本では承認されたのです。

他にもある拙速審査、逆転審査、欠陥審査

 このようなことは日常茶飯事です。たとえば、血糖を下げるのと同じ量を動物に使うと心臓に悪いことが分かっているアクトスのいう糖尿病用剤も承認されています。発売されてすぐに私たちが警告したとおり(資料3)、半年後に心不全が報告され、警告が出されました(資料4-6)。
 慢性心不全に用いられるアカルディという強心剤は、急性心不全に短期には効果があるものの、慢性心不全に長期間使うと、かえって死亡率が1.8倍高まり、寿命が短くなるという結果がでました(資料7,8)。ところが、この結果を待たずに、直前の1994年に駆け込み承認されました(資料8)。こんな危険なのを売り続けているのは日本だけです(資料9)。しかもこの標準的な心不全の薬の10倍以上も高いのです。
 臨床試験の評価と承認時の間違った審査、市販後の安全対策が有効になされていないために、価値判断が誤って、価格にも反映するのです(資料10)。

薬の監視は国の仕事! 企業に任せてどうする

 本来、新薬の審査や安全対策は、開発振興部門とは独立させ、企業とは資金的、人材面で完全に独立した組織、つまり直接国が実施すべき最重要業務です。審査能力ある人材が国に乏しいことを理由に、企業に頼らざるを得ないと説明されています。
 しかし、医療に欠かせない必須薬はほぼ開発しつくされ、ここ10年来真に画期的新薬は急速に減少しています。本当に国民のためになる意味のある新薬は年に1つか2つです。あとは、新規性のないゾロ新というものか、イレッサのように、新規なだけで価値の未定のもの、危険なものです。今後も当分その傾向が続くと予想されます(資料11)。
 このことから、欧米では審査要員数は縮小の方向で検討されているほどです。また、特殊分野の専門家は自身の専門分野の審査に甘くなります。その分野の権威になるほど、総合評価の客観的な質が落ちるという研究があります。したがって、特殊な分野の審査といえども、安全対策には優秀な非特殊分野の医薬専門家が、かえって適切です
 厚労省では薬食審への組織改編を計画しはじめた時から、新薬の審議は細分化し、一つの分野に数人の専門家を配置して審査する方式を導入しました。今後、バイオ・ゲノム関連の特殊分野の審査をするために、その数人の中に、新法人で採用する企業の人材が入ってくると、どうなるとおもいますか。企業の思いどおりになるのが目に見えるようです。

資金面でも企業からの独立が必要

 新法人は運営資金面でも企業からの大幅な資金増が予定されています。アメリカのように50%以上が企業資金で運営されるのでは公正な審査監視は不可能です。昨今アメリカで承認された新薬の中で問題薬が続出していることがこれをよく物語っています。
 新薬は薬食審で審議されるので国のチェックは働くとの説明もなされていますが、審議会方式が薬害を防止できなかったことは過去の数々の薬害が証明しています。しかも今後ますます細分化されて、チェックは難しくなります。
 アメリカでは、イレッサの検討の際、企業の説明、抗腫瘍剤諮問委員会の説明、それに、FDAの説明があり、FDAが承認延期の最終決定を下しています。新法人は、この3者を一緒にしてしまうものです。
 しかも、実質的に審査する人材はすべて新法人に移行するため国にはいません。国独自の判断などできようはずがありません。

組織の健全には第三者の監視が必要

 組織の健全を保つには活動内容が開示され、第三者の監視が必要です。監視を受けない組織は必ず暴走します。数々の薬害の歴史が示すように、企業は暴走してきました。適切な監視を受けてこなかったからです。医薬品は専門性の高い分野です。国で審査したとしても、それを監視する第三者の機関が絶対に必要です。
 アメリカでは、市民監視組織の医薬専門家の意見をしばしば聴取しています。このようにしてもまだ問題薬剤が続出しているのです。
 日本では、審議会委員に薬害被害者代表や被害者の推薦する医薬専門家の正式参加は全くありません。今こそ、私たちが1996年に提案した、国の承認や安全対策が適切かどうかを監視する公的な医薬品監視組織の必要性を訴えたいと思います(資料10)。
 薬は本来、利潤をあげるためのものではありません。病を癒し、健康を回復させるためのものだという原点に立ち返る必要があります。この考え方に立って、今医薬品問題で国をあげてしなければならない課題は、ヨーロッパ諸国が実施しているように(資料12)、真に価値ある薬と無価値有害な物質を区別する作業です。現在日本には、ほとんどそのような研究に資金や人材の投入はありませんが、このような研究にこそ、もっともっと人と金をつぎ込むべきです
 今回の独立行政法人化は、それとは全く逆方向に向かうもの。つまり、製薬企業活動の支援だけです。製薬企業が新薬審査を自在に操作し、企業の利潤をあげることにしかつながらない独立行政法人への移行をねらったこの法(案)は白紙に戻して、一から考えなおして頂きたいと思います。そうしなければ、みなさんも含めて、国民の健康、命は守ることが出来ないでしょう。
 どうか、どうか、考え直して頂くよう、お願いいたします。
 以上で意見陳述をおわります。

参考資料

1) http://bmj.com/cgi/content/full/325/7364/555?maxtoshow=&HITS=10&hits=10&RESULTFORMAT=&searchid=1039141787312_20885&stored_search=&FIRSTINDEX=0&volume=325&firstpage=555&resourcetype=1,2,3,4,10
2) 新薬承認情報集:
http://211.132.8.246/shinyaku/g0207/06/67022700_21400AMY00188_110_1.pdf
およびhttp://211.132.8.246/shinyaku/g0207/06/67022700_21400AMY00188.html
3) TIP誌2000年4月号
4) http://www1.mhlw.go.jp/houdou/1210/h1005-1_15.html
5) TIP誌2000年10月号
6)『薬のチェックは命のチェック』No1、2001年1月
7) Lubsen J. et al. Effect of pimobendan on exercise capacity in patients with heart failure: main results from the Pimobendan in Congestive Heart Failure (PICO) trial. Heart. 76(3):223-31. 1996
8) TIP誌1998年3月号
9) TIP誌1995年3月号
10)浜六郎「薬害はなぜなくならないか」:日本評論社1996年
11)『薬のチェックは命のチェック』No4,2001年
12)デイビッド・バンタ、ヨーロッパの医療技術評価と保険給付決定