医薬品審査・監視の独立行政法人への移行は製薬企業による審査・監視の乗っ取りになる

 

医薬ビジランス研究所       所長  
NPO法人医薬ビジランスセンター 理事長   浜 六郎

 審査・監視と開発振興が企業参入の同居組織に移行することになる

 医薬品の開発振興や部門とともに、医薬品被害救済制度と新薬承認審査、それに市販後監視(安全対策)の4部門を、国の直轄から外し、独立行政法人医薬品医療機器総合機構:新法人と略)に総合して移行させるための法案が国会で審議されている1-3)。これは、公務員25%削減を実現するための施策として、提案46部門の法案の一つである。今、ほとんど実質的審議抜きに、その46法案の一括審議可決が政府与党により計画されている。
 独立行政法人は、「国が自ら主体となって直接に実施する必要のないもの」で「民間では実施されない恐れがある」ことを実施する組織として位置づけられ、非公務員扱いの職員で構成される半官半民の組織が予定されている。
 また医薬品部門の新法人では、「『より優れた製品』を『より早く承認』するため」の「拡充、強化」であることが強調されている。しかしその中身は、公務員では優秀な人材が集まらないことを理由にした民間製薬企業人材の積極的登用ルートの開拓である

 審査・監視部門は企業から完全独立を国直轄組織で実施し「開発振興」と独立させるべき

 医薬品部門の独立行政法人としての「新法人」に関する法案の最も重大なポイントは、新薬審査や市販後監視の組織に製薬企業の人物が入り込むことが可能になる点だ。問題は「可能になる」というよりも、促進する意図をもって構築しようとしている点である。
 新法人の最重要業務は、厳しい公正さの要求される医薬品審査や監視部門である。いうまでもなく、日本はこれまでに世界的にもまれにみる大きな薬害を繰り返してきた。サリドマイドにはじまり、スモン、クロロキン、薬害エイズ、ソリブジン6)、乾燥硬膜によるCJD7)などである。一般的には事件と認識されていなくとも、非ステロイド抗炎症解熱剤による脳症8)やベロテックエロゾルによる喘息死の多発7)など多くの薬害を起こしてきているし、効果や安全性が証明されていないのに価格だけが高価というものも多数市場に出回っている 6,7)。
 これは、医薬品の承認時の審査の甘さとともに、市販後の薬剤の有効性や安全性に対する監視が有効になされていないために生じたものである6,7)。国が主体で実施しても問題を多々起こしたのであるが、本来審査と監視は、企業とは資金的にも人材的にも完全に独立した組織によってなされなければならない国が直接実施すべき最も重要な事業である。
 今回の法案によれば、公正な審査が求められる新薬承認審査や市販後監視の組織に、製薬企業からのよりスムーズな人的供給、資金流入が可能となる。人および資金の流入が容易になれば、製薬企業の影響をより強く受けることになることは疑いない。
 他の部門については多くを知らないのでコメントできないが、少なくとも、このように重要な医薬品部門の審査、市販後の監視業務が「国が自ら主体となって直接に実施する必要のない」業務であるとは決して言えない。
 薬害をこれまで多数起こしてきたのは一部の製薬企業というわけではない。大多数の製薬企業がなんらかの薬害に関与している。いくら人材が集まらないからといって民間製薬企業の人材を登用して公正な審査、公正な市販後の監視が可能とはなりえない。逆行することは目に見えている。
 国境なき医師団必須薬キャンペーンの責任者エレン・トゥーン氏の言葉を借りれば、まさしく、
「狐にニワトリの番をさせるようなもの」である。
 開発部門をこのような新法人に移行させることは、場合によってはありうることであろう。しかし、新薬審査や監視部門に関しては、それとは切り離し、国自身が実施すべきである。

 役員の人事交流を制限するだけでは企業から独立しているとはいえない

 法案4)には、「医薬品企業の役員(相当の責任者)は新法人の役員となることができない」との趣旨の規定があり、一見したところでは、企業と新法人の人事交流は不可能かのような記載となっている。しかし、これが人事交流を妨げるものでないことは誰にも分かる。それは、役員どうしの交流は不可能でも、役員以外の人が新法人の職員になれないという規定はなく、制限されていないからである。
 このことは、医薬品メーカーの人物が新法人の職員となり、医薬品の具体的審査業務を担当することを意味する。しかも新法人の長は厚生労働大臣が任命し、役員はその長が任命する。その役員によって、職員の採用が決定され、医薬品企業(しかもおそらく多くは大企業)の出身者で占められることになると思われる。
 もちろん、現在でも、厚生労働省の担当官の多くは、退職後の再就職先として製薬企業を選んでいるため、公平な審査ができているとは言いがたい。しかし、すでに企業に属している人物なら、新法人の職員となり、退職後にまた企業に戻ることを期待しているはずである。そのように、再び企業の社員になることを予定している人物に、企業にとって厳しい審査ができるであろうか。そのような職員に、新薬の審査が公正にできると信ずることのできる人がいるであろうか。これらの職員に、市販後の薬剤の監視、問題薬剤の公正な見直し(再評価)ができると信ずることのできる人がいるであろうか。答えるまでもないだろう。

 欧米では新薬審査要員を縮小しはじめている

 現在審査を担当できる人材が国の機関には乏しいことを理由に、企業の人材に頼らざるを得ないとの説明もなされている。確かに承認される新薬の数(成分数)あたりの職員数はアメリカに比較して少ない5)。しかし、ヨーロッパ諸国に比較して少ないということはない。しかも、真に有用な薬剤の開発は減少しており、将来にわたっても減少し続ける見通しであるため、最近欧米ではすでに審査にかかる職員の数を縮小にかかっているほどである9)。
 医薬品をはじめ医療技術の有効性、安全性に関する証拠の強さとして、一般的に、専門家の意見は最も低いとされる。ランダム化比較試験やそれを総合的に解析したものの証拠力が強い。当該内容的に関する専門家はその技術に深くかかわっており、専門家の経験の範囲が強く関係し、かえって客観的な評価が困難なためである。それをあきらかにした調査もある17)。
つまり、客観的な評価は、その内容に関する専門家よりも、かえって有能な非専門家により、証拠を適切に吟味して行う方かよいということを示していると考えられる17)。 承認審査業務や、市販後の監視業務は、このような証拠の批判的吟味を通じた客観的評価そのものであり、承認審査においても、この考え方が踏襲されるべきである。そうすれば、大部分の分野については、有能な非専門家によって可能である。
 有能な人材は多数いるし、育てることはそれほど困難なことではない。要は、その人材を育てるための本格的な資金をどう提供し、誘導するかである。
 昨今、審査を早めて承認された新薬の中には、市販後問題となっている薬剤が目立っている。審査料金で審査機関の予算の50%が賄われている国もあるほどであるが、このような資金が消失すれば審査機関の人件費はたちまちのうちに底をつく。アメリカ自体そのようで状態で問題薬剤が続出している。
 日本では、現状でもアメリカよりも新薬が早期に承認され、問題を起こしている。独立行政法人(新法人)の成立で、審査過程や市販後の監視に企業の人物が関与することによって、そのような状況がさらに促進されることが目に見えるようである。

 審議会方式の破綻

 新法人において保有する資料等情報は一般行政機関と同様のシステムで公開されるとされているが、組織的な監視業務(医薬品の承認と安全対策業務に対する監視であり、医薬品使用そのものの監視ではない)に関する規定は見られない。医薬品食品審議会で行うことで可との説明がされているが、従来の審議会方式(以前の中央薬事審議会、現医薬品食品審議会による方式)では多くの薬害を防止できなかったのである。サリドマイド、スモン、薬害エイズ、ソリブジン、乾燥硬膜CJD、薬害肝炎など、反省をしても反省しても、次々に薬害が生まれていることをよく考慮する必要がある。
 従来の審議会方式では防止できなかった重要な理由は、審議会の委員に薬害被害者代表はほとんどなく、被害者の推薦する医薬の専門家が全く参加していない点がある。
 しかも、新法人が発足すれば、従来行政機関にいた審査や安全対策を実質的に担当する医薬の専門家が、大量に新法人に放出されてしまうため、行政機関の中には実質的に審査し安全性、危険性を評価し、対策を講じることのできる人材はいなくなる。このような状態で、新法人で行った審査や安全性検討結果をチェックすることは不可能である

 健全な組織であるためには情報開示と監視が必要

 組織が健全であるためには、その活動内容が開示され、第三者によって監視される必要がある。監視を受けない組織は必ず暴走する。医薬品のように専門的な部門では、それが組織的に保証されなければならない。つまり、国の審査を監視する第三者の機関が必要である。浜らが1996年に提案した公的な医薬品監視組織がそれである6)。この監視組織の構想では、薬害被害者の代表や、それら被害者が推薦する医薬の専門家が参加し、公的な資金で運用されることになる。今こそ、そのような監視組織の必要性を訴えたい。
 科学的、行政的不正を取り締まり、監視を組織的に行うためには、内部告発情報の重要性が認識されてきている。現在まだそのような法律も存在しない状態では不正の摘発もきわめて困難であろう。

 自己規制力を高めるための罰則規定が新法人案では「ざる」

 法案では、職員に守秘義務を課していることをもって、企業出身者と出身企業との情報交換に制限を加えることは可能としているが、これは不可能であろう。守秘義務違反の罰則は公務員並みの規定、あるいは、1年以下の懲役または、100 万円以下の罰金とされている。この程度の罰則では守秘を徹底させることは不可能であろう。
 企業に有利となる情報に関して、情報を提供した側には罰則規定があるが、情報提供を受けた側への罰則規定がない。提供を受ける側にこそ大きな利益がもたらされ、それを期待して情報の提供を迫るものであるのに、受ける側(企業)に対する罰則規定がないのは不当であろう。
 新法人では、審査や救済業務に必要な資料提供を企業に対して求めることができ、それに違反(必要な書類を提供せず、または虚偽の資料を提供)した者は30万円以下の罰金に処する、としている。承認審査を受けようとする薬剤の候補は、もしも承認されれば、年間数十億〜数百億円単位の利益が期待されている。そのようなものの承認審査に必要な資料の提出を拒み、虚偽の資料を提出して、違反し、罪に問われたものが、30万円以下の罰金ですみ、懲役など実刑を受けることがない。また、不正行為によって得た利益を没収されることもない。このような軽い刑、経済的打撃にもならない規定では、報告を怠り、虚偽の報告をすることによって、とりあえず承認を受けて販売し利益をあげようという動機が働いても当然であろう。
つまり、自己規制が適切に働き、犯罪を抑止する有効な罰則規定にはなっていない。

 希少薬の開発振興部門のみ新法人に

 国からのバックアップが必要な研究開発振興部門があるとすれば、まれな疾患を対象とした希少薬など企業にとって利潤が期待しがたい部門であろう。世界の発展途上国には高価なために薬を買えないだけでなく、利潤につながらないとして、薬剤の研究開発がおこなわれなくなった病気(見捨てられた病気=neglected diseases;結核や眠り病)やエイズ、マラリアなどで日々多数の生命が奪われている10、11)。
 薬は本来利潤をあげるためのものではなく、人々の病を癒し、健康を回復するためのものであるという原点に立ち返り、国からの援助でしかも民間の活力を利用した研究開発部門を振興する目的ならば、新法人をつくる価値はあろう。
 今回提案された新法人は、そのような部門に限るべきである。

 国民に必要な緊急課題は医薬品の価値の見直しと保険適用の再検討である

 それとともに、今医薬品の問題で国をあげてしなければならない課題は、ヨーロッパ諸国が実施しているように、真に有効で安全、つまり価値が高く、しかも価値に比較して安価な(費用効率がよい)薬剤と、無効あるいは危険なもの、価値に比較して著しく高価なものを選びだすことである。そして、前者には全額(あるいはそれに近い)医療費を支給し(ほぼ無料)、後者には医療費は支給しない(自己負担とする)ことである12)。
 慢性の心不全に使用すればかえって寿命が短くなる心不全用剤13)、従来の薬剤よりも効果が不確実であるのに1日数万円もする心不全用剤13)、血糖を下げる用量を長期に使うと命にかかわる毒性が現れることが分かっている糖尿病用剤14)、使用すると寿命がかえって短くなる(危険性が高い)抗癌剤6)、それに治療の必要もない健康人を病人に仕立てて薬剤を使わせる治療ガイドラインの数々15,16)、このような無価値、危険な物質やガイドラインを特定し、真に役立つものを選びだす作業にもっと人と金をつぎ込むべきものと信ずる。
 仮に多少は役立つとしても、その分野や恩恵を被る人は極めて限られており(遺伝子治療など)、しかも本当に役立つ可能性のまだ見えていない技術(バイオ関連)の特許取得競争に莫大な金や人を投入し、現に役立つ仕事を国が忘れるということになってはなるまい。

 民間監視組織の活用を

 当面、公的な医薬品監視組織の実現は困難と考え、私は、その機能を少しでも実現するべく、民間の監視機関(医薬ビジランスセンター、後にNPO法人医薬ビジランスセンターと医薬ビジランス研究所となった)を立ち上げ、医薬品・治療研究会、薬害オンブズパースン会議とも連携して、情報を発信している。
 よい薬剤と悪いものとを区別するためには、当面民間でその専門家を育てる必要があると考えるが、今回の独立行政法人化は、それとは正反対の方向に向かうものである。製薬企業による新薬審査の乗っ取りになりかねない独立行政法人への移行は止めるべきだ。国民の皆様にも強い関心を持っていただき、国会での良識ある審議に期待したい。

参考

1)衆議院議員川田悦子さんの見解
2)川田悦子さんの国会(衆議院厚生労働委員会)での質問→衆議院TV(審議中継)11.1
3)谷博之さんの国会(参議院厚生労働委員会)での質問:→参議院(審議中継)11.5
4)10月27日事務次官会議資料
5)厚生労働省医薬局
6)浜六郎、薬害はなぜなくならないか、日本評論社
7)浜六郎ら編集、第1回医薬ビジランスセミナー報告集、1999
8)浜六郎ら編集、NPOJIPブックレット「解熱剤で脳症にならないために」改訂増補版2001年11月
9)エレン・トゥーン、私信
10)エレン・トゥーン第3回医薬ビジランスセミナー講演内容
11) http://www.japan.msf.org/
12) http://www.npojip.org/seminar/david-j.pdf
13) 薬のチェックは命のチェック、No7(必須薬特集)、2002年7月
14) 薬のチェックは命のチェック、No1(糖尿病特集)、2001年1月
15) 薬のチェックは命のチェック、No2(コレステロール特集)、2001年4月
16) 薬のチェックは命のチェック、No3(高血圧特集)、2001年7月
17) Oxman, AD. レビュー作成のためのチェックリスト(浜六郎訳)、in津谷喜一郎、浜六郎他監訳「システマティック・レビュー」、p108-123、2000年8月