(2005.03.25号)

『薬のチェックは命のチェック』インターネット速報版No56

延命効果のないイレッサ使用継続は不適切

NPO法人医薬ビジランスセンター   浜  六郎

ゲフィチニブ検討会:延命効果ないまま「継続」決定

肺がん用経口抗がん剤ゲフィチニブ(イレッサ)が国際大規模臨床試験(ISEL)で延命効果を認めなかったことを受け、日本における取り扱いを審議していた厚生労働省のゲフィチニブ検討会は、3月24日、「使用継続」の最終意見1)をまとめた。使用に当たっては、日本肺癌学会のガイドライン2)の遵守を添付文書に記載するなど、医師や患者に情報提供することを厚労省に求めた。

ISEL試験で東洋人に延命効果があるかどうかの検討に最も重要なポイントである患者背景の偏りについては、統計学者の再分析結果を受けて「東洋人に関する解析に信頼性が認められた」と結論づけた。また、肺癌細胞表面たんぱく「EGFR」の遺伝子変異については、「がん縮小効果を予測しうる重要な因子」と位置づけた1)が、延命効果につながる因子とは位置付けることができず、日本で現在進められている第III相臨床試験の結果が必要とした。

なお、ガイドライン2)では、ISEL試験では延命効果が認められていないことや、重篤な間質性肺炎/急性肺傷害の発生と死亡例が見られていることなども含めて副作用の危険性などを患者に十分に説明した上で、患者の自由意志による同意「インフォームド・コンセント」を文書で得ることなどを義務付けている。

患者構成の偏りは最後まで調整されず

最も重要な患者背景の偏り4)が調整され解析されたのかどうかが第3者には不明のまま、また、EGFR遺伝子変異陽性者でも延命効果が得られなかったこと5)には触れないまま、検討会は「継続使用」を決めて終了した。今回の一連の検討会では、もともとの既定方針「使用継続」を、型式を整えて決定したといえよう。

生存期間に最も強く関係すると考えられる患者の構成に有意の偏りが認められたのは「診断からランダム化までの期間」である。生存期間の比較の際に、この因子で調整されたかどうか、結局不明のままであった。「診断からランダム化までの期間」という最も重要な背景因子に偏りがあるにもかかわらず、統計解析を依頼された専門家は、「well-controlled trial」であると述べた。これは、イレッサ群とプラセボ群に偏りがなく、適切な対照群をもつ、適切な臨床試験であることを意味する。

「診断からランダム化までの期間」の有意の偏りが、生存期間に全く影響していないなら、そのことを数字で示すべきである。しかし、全く数字を示すことなく、また、「診断からランダム化までの期間」を調整して解析をしたのかどうかさえ示さず、また、調整した結果のデータを示すこともなく、ただ「東洋人のサブグループ解析の結果は頑健性が認められ、生存期間延長が示唆される」と、結論を述べるにとどまった。

これでは科学的議論にならない

これでは科学的根拠にはならない。第三者を納得させることはできないため、科学的議論にならないからである。解析した統計学者は、データを提示できない理由として、アストラゼネカ社からデータを借りているからだという。つまり、公表しないことを条件に解析を依頼されているということなのであろうが、それでは傍聴者、第3者は納得しない。

「東洋人の非喫煙者のうち腫瘍縮小効果が認められなかった人でかえって生存期間が長かった」という現象について別の委員から質問され、統計学者が「そのサブグループ解析は未検討である」と述べた。何を調整因子としたのかも示さず、解析した結果の数字も一切示さず、頑健性が認められたといっても、全く信頼できない。「診断からランダム化までの期間」は結局考慮されなかったのであろう。

ある統計学者(検討会の統計学者とは別人)の言ったことが思い出される。「私くらいのレベルになると、出そうと思えばどんなデータでも“有意の差”を出すことができます。」と豪語していたのである。今回が、そうした操作の結果でないと、だれが断言できるのであろうか。

<変異陽性者も寿命延長せず>データは検討されず

INTACT試験の対象患者のうち、EGFR遺伝子変異のある患者に限定しても、イレッサはプラセボ群に比較して生存期間が延長できなかった5)。したがって、もっとも効果が期待できる患者に使用して延命効果が否定されたのである。それにもかかわらず、このことが、全く検討会では議題にもならなかった。各委員には、この問題点を指摘した要望書と、厚生労働大神宛の要望書をNPO法人医薬ビジランスセンターから届けておいた5)が、委員はだれ1人として触れなかった。

それどころか、肺癌学会のガイドライン検討委員(田村医師)は、「遺伝子変異は腫瘍縮小の重要な予測因子である」ことを特に強調し、「腫瘍縮小効果が認められる患者では延命効果が期待できる」と強調し、一方、「遺伝子変異のない患者でも効果がありうる」として、遺伝子変異をイレッサ使用の条件にはしないことを強調した。

厚生労働省黒川審議官と個人的に話をしたが、「INTACTは他の抗がん剤との併用であるので、参考にはならない」との答えが返ってきた。一見もっともらしい理由であるが、INTACTの結果とISELの結果は「腫瘍縮小効果は得られるが延命効果が得られなかった」という点では一致している。つまり、「腫瘍縮小効果は得られるが、延命効果が得られない」という点で、併用と単剤使用とで共通しているのである(詳しい理由は文末注:参照)。

遺伝子変異が陽性でもイレッサで延命効果は得られないことが判明したにもかかわらず、そのイレッサの使用継続を決めたということは、現在検討中の「抗悪性腫瘍剤ガイドライン」6)の中心的改訂点である「延命効果を検証した第III相試験の成績を承認の必須条件」とするという原則に反している。

推定患者数の大幅修正に批判集中
全数調査を「厚労省」が拒否

アストラゼネカ社は3月24日に開かれたゲフィチニブ検討会で、これまで8万6800人と発表していた推定投与患者数を、推定計算方法が間違っていたとして計算をしなおし半数以下の4万2000人に大幅下方修正した7)。検討会の委員や傍聴者から「これだけ問題になっているのに、いい加減すぎる」と批判が上った。検討会委員の堀内龍也・群馬大病院薬剤部長は「メーカーが患者数をきちんと把握していないのは問題」と批判し、服用者の全数調査を求めたが、黒川審議官が「有効なデータが得られるか疑問」として拒否した。イレッサで毒性死した被害者(娘)の父親である近澤昭雄さんは「最も土台となる患者数のデータが間違っていたというのでは、ア社が出したすべてのデータがいいかげんに思え、信用できない。憤りを覚える」と話していた。正確な使用者数が把握されていないのは、怠慢以外の何者でもない。

反対意見者には発言させず

イレッサ使用継続を求める患者からの嘆願書は紹介されたが、被害者の声は反映されていない。筆者は4回の検討会で3回にわたり発言を求めたが、許されなかった。明確にイレッサの問題点を指摘している医師・患者は排除し、反対意見を排除して進められたといってよい。

部分的だがデータ開示でイレッサの欠陥が露呈

結局のところ、予定していた結論を導くために4回の検討会が持たれたといえる。しかし部分的ながら、全容解明の手がかりになるデータが開示され、その検討結果を逐次、世に問うことができたことは、成果といえよう。

情報開示訴訟、被害者からの損害賠償請求の提訴などで、承認根拠となった資料の開示を迫られながら開示を拒否してきた厚生労働省やアストラゼネカ社に対して、社会的批判の目が向いてきたからこそ、これらの情報が少しずつでも開示されてきたといえる。

動物毒性試験における急性肺傷害の病理所見データ8,9)、臨床試験の肺傷害による有害事象死例の報告書で副作用死であることが判明したことなどとともに、東洋人の非喫煙者における重要な背景因子の有意の差、INTACT試験対象者中EGFR遺伝子変異陽性者でも延命効果が得られなかったことなど、極めて重要なデータが解析され、イレッサ継続使用の判断との矛盾点が明らかになった。これは極めて大きな成果といえる。

イレッサの被害が拡大すれば企業・国・委員の責任

イレッサを継続使用して今後被害が広がった場合には、これらのデータをきちんと検討・評価しなかったことについて、アストラゼネカ社の責任、厚生労働省の責任はもちろん、ゲフィチニブ検討会の各委員の責任が追及されることになろう。

注:併用(INTACT)の結果が、なぜ単剤使用に当てはめられるのか

委員の1人である貫和医師(東北大)も、INTACTは他の抗がん剤と併用した試験であり、単剤使用には応用できないという。その理由として、「併用されているプラチナ製剤が変異の状態に影響するため」としている。

しかし、単剤としてイレッサを使用する場合でも、前治療として、たいていはプラチナ製剤が使用されている。いわば、プラチナ製剤によってすでに遺伝子変異の状態に影響が及んでいる患者が単剤イレッサの対象となっている。したがって、同時併用した場合とどの程度違いがあるのか。影響はそれほど変わらないのではないかと思われる。

INTACTの結果とISELの結果は「腫瘍縮小効果は得られるが延命効果が得られなかった」という点では一致している。つまり、「腫瘍縮小効果は得られるが、延命効果が得られない」という点で、併用と単剤使用とで共通していることを意味している。

さらに、INTACTでは、遺伝子変異のある患者に限ってみても、イレッサの腫瘍縮小効果は、変異のない患者よりよかったが、延命効果は示されなかったのである。

日本人や東洋人では、イレッサによる腫瘍縮小効果が著しいことから、延命効果も期待されているが、日本人や東洋人で腫瘍縮小効果が特に多いのはEGFR遺伝子変異陽性例が多いことによると考えられている。したがって、EGFR遺伝子変異陽性例で延命効果が得られなければ延命効果も期待できないと考えるべきものである。

当然、ISELでEGFR遺伝子変異陽性者に限っても延命効果は得られないと予測するべきであろうし、日本人のEGFR遺伝子変異陽性者を対象にしたランダム化比較試験を実施したとしても延命効果は得られないと予測すべきである。

INTACTのEGFR遺伝子変異解析結果は十分参考になるデータである。むしろ、現時点で、最も期待できるイレッサの寿命延長因子である。その因子が無意味に終わったことを意味する。

参考文献

  1. ゲフィチニブ検討会、ゲフィチニブ検討会における検討の結果について
  2. 日本肺癌学会作成「ゲフィチニブ使用に関するガイドライン」 (1)(2)
  3. ISEL試験データ再解析の結果
  4. 浜六郎、イレッサISEL試験−東洋人の非喫煙者データに操作の可能性濃厚、『薬のチェックは命のチェック』速報版No51
  5. 浜六郎、<EGFR遺伝子変異>ありでも、イレッサ「延命効果なし」、『薬のチェックは命のチェック』速報版No55
  6. 抗悪性腫瘍薬の評価方法に関するガイドライン(改訂案)
  7. アストラゼネカ株式会社、イレッサ錠における推定投与患者数
  8. 浜六郎、イレッサで「イヌに肺炎」が判明—毒性データはやはり隠されていた—『薬のチェックは命のチェック』速報版No50
  9. 浜六郎、イヌに認められた肺炎は急性肺傷害『薬のチェックは命のチェック』速報版No52

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