(2004.07.07号)

『薬のチェックは命のチェック』インターネット速報版No45

7月20日発売予定の『薬のチェックは命のチェック』No15から、 「NPOJIPの提言」を速報します。(PDFファイルはこちらをクリック)

臨床研究担当医の
研究にからむ私的利得の公表は義務
乗るなら飲むな! 飲んだら乗るな!

医薬ビジランス研究所   浜  六郎

遺伝子治療用物質の商品化を目指して元阪大助教授が創設した大学発ベンチャー企業「アンジェスMG」(以下ア社)が大企業と提携する直前、臨床試験責任者の阪大教授ら5人が未公開株を取得していたことが明らかとなった(2004.6.12毎日新聞朝刊)。報道を総合すると、1人が103万円で取得した320株は現在2億2400万円の評価額となっている。責任者の教授が株を売却し3000万円以上得ていたことも判明している。

問題の物質は、新しい血管を作る作用のある肝細胞増殖因子(HGF)というタンパクを作る遺伝子。足の血管が詰まり歩けなくなった人に注射してHGFを作らせ新たな血管を作ろうというもの。阪大A教授(60)が総括責任者として98年に大学に申請した試験は人に初めてこの物質を使用し、効果と害に目安をつけるための試験。国の審査も経て01年5月に試験することが認められ、6月から翌年11月まで実施された(表参照)。

99年設立されたア社は01年1月大手製薬会社との提携を発表。臨床試験担当者らが未公開株を購入したのは、その直前の00年12月、臨床試験が国から承認されていない時期であった。株式市場に上場したのは、臨床試験が終了する前の02年9月(上場当初価格1株約40万円)。320株は約1.3億円に相当することが、この物質の効果と害の評価をする段階で判明していたのである。その後、1株100万円を経て現在70万円。結果がよくなく、新薬として承認されるまでもっていけなければ、株は紙くず同然。臨床試験に多少でも斟酌が加えられないはずがない。

本当に有効で危険が少ないなら公私の利害は一致するが、公私の利害関係はしばしば対立/競合し、私的利得が公益を害する。世界的議論の的conflicts of interest/competing interestsの問題である(注)。

注:conflicts of interest/competing interestsは、最近一般に「利益相反」とよばれることが多くなってきた。主として金銭的な利益に関係して2つの意味で使われる。研究の公的使命と私的利益が相容れない「対立/競合する利害(関係)」を意味する場合と、研究の公的使命に反する研究者の「私的利得」を意味する場合である。NPOJIPでは文脈によって使い分けている。

事件の経緯(毎日新聞2004.6.12より)
98年 元阪大助教授が臨床試験の実施を申請(総括医師:阪大A教授)
99年 ア社設立(元阪大助教授)
00.12 阪大A教授とB教授が第3者割当増資で未公開株20株(1株5万円)取得。 少なくとも合計5人が1人当り20〜数株取得
01.1 ア社が大手製薬会社と提携、 その後A、B教授にそれぞれ300株(1株100円) 株主割当増資、合計それぞれ320株に
01.5 臨床試験実施を国と阪大が承認
01.6 人に対する初めての臨床試験を開始
02.9 株式市場上場(1株40万円)
02.11 臨床試験終了 株価は、一時1株100万円を経て
04.6 1株70万円(103万円が2.24億円に)

ヘルシンキ宣言違反

1999年アメリカペンシルベニア大学で行われた遺伝子治療試験で、18歳のボランティア少年が試験4日目に死亡した(文献2,3)。調査の結果、数々の違反が明るみにでた。たとえば、肝障害が出現したら中止すべき試験を継続し、肝障害を起こした人がいたことを少年に告げていなかった。また、責任者の教授が開発企業の大株主であったことも判明した。

上記事件は、世界医師会が臨床研究の倫理指針として定めたヘルシンキ宣言の2000年10月の改訂の際の「利害関係」に関する記述に大きく影響したとされる。そのポイントは、

  1. 研究計画を審査する倫理委員会は不当な影響から独立していなければならない
  2. 研究者は、スポンサーや研究資金源のほか、利害関係(私的利得)を倫理委員会 と被験予定者に対して報告しなければならない

阪大で用いたHGFは血管を増やすため、炎症を増強し、がん増殖に必要な血管を作るため、がんを悪化させうる。しかし、研究計画書を見る限り長期毒性試験やがん原性試験は実施されていないし、倫理審査委員会でも十分検討されていない。毎日新聞の報道によれば、未公開株を取得していたことを、被験者はもちろん、大学の倫理委員会にも届けていなかったという。これは明らかに、ヘルシンキ宣言違反である。文部科学省は問題ないとコメントしたというが、そうなら国がヘルシンキ宣言を理解していないということだ。当時の医学部長ですら未公開株の割当を受けたという。この物質の基礎的な開発に関する貢献度からすれば、未公開株取得による利得額やその範囲は著しく大きい。試験計画の承認を受けやすくする便宜や、試験結果に手心を加えてもらうための「賄賂」にも相当しよう。

株はアメリカの主要大学では禁止

ペンシルベニア大の死亡事件後、アメリカの主要10大学を対象に、公的役割を有する臨床試験と私的利得(conflict of interest)の規制に関する調査が実施された。公表しなければならない私的利得の種類は、株、ストック・オプション(株式選択権)、定期的收入(以上は10大学すべてが公表を義務化)、意志決定ポストへの就任なども大部分の大学が公表義務を課していた。私的利得の大学当局への報告義務は10大学すべてが、倫理委員会への報告義務は6大学が義務化し、被験予定者への報告も2大学が課していた。報告範囲は、研究者自身だけでなく直系家族に及ぶ(全大学)。禁止されている私的利得の種類は、株、ストック・オプション、顧問料などで、これらは3〜4大学が禁止していた。

研究者の当該企業の株保有は禁止を!

この物質が新薬として承認されるためには、今後より多くの患者を対象とした臨床試験が必要である。それには、株を保有する阪大教授らは加わらないとされているが、それまでの臨床試験で得られた効果や有害反応の評価は、これからの臨床試験での効果や有害事象の解釈にも十分影響するはずである

日本においても、臨床試験担当医は、いかなる場合にも関連企業の株(ストック・オプションも)を保有してはならないという法規制をすべきである。関連企業の株を保有するなら、当該臨床試験に関わるべきでない。公務を最優先させるべきで、研究者は金に醉っぱらって試験運転してはならない。暴走し多数の犠牲者を生むもとである。

乗るなら飲むな、飲んだら乗るな

参考資料・文献

  1. 毎日新聞、
    04.6.12
    04.6.12夕刊
    04.6.13
    04.6.14
  2. 李啓充、医学界新聞No2529(2003.3.31)、同No2531(2003.4.14)〔連載〕続・アメリカ医療の光と影
  3. Lo B, Wolf LE, Berkeley A.
    Conflict-of-interest policies for investigators in clinical trials.
    N Engl J Med. 2000 Nov 30;343(22):1616-20.
  4. ヘルシンキ宣言
    (日本語版:日本医師会訳)
    (英語版)

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